




Among the Giants巨人たちのあいだで
錆色の幹、家ほどの高さの焼け跡、青空の下の金色の草原、そしてたいていの国よりも古い樹皮にそっと当てられた手のひら。セコイア国立公園のジャイアント・フォレストで、ロードトリップ第2話。
セコイアが国立公園になったのは1890年。アメリカでもっとも古い国立公園のひとつだ。当時の人々も、僕らと同じ理由で山を登ってきた。わけがわからないほど大きなものの隣に立つために。
ジャイアントセコイアは、世界でいちばん背の高い木ではない。いちばん大きな木だ。一本の生きものとして、もっとも多くの木材、もっとも重さ、もっとも多くの命を抱えている。この森の木のなかには、ヨーロッパの古い大聖堂が建てられていたころ、すでに老木だったものもある。


最初にすることは、誰でも同じだ。一本に歩み寄って、手を当てる。樹皮は柔らかい。繊維質で、あたたかく、まるで毛皮のようで、厚さは30センチもある。この樹皮のおかげで、セコイアは火を生き延びる。


並んで伸びる二本の幹が、自分たちの樹冠のなかへ消えるまで昇っていく。頭をそらし、もっとそらしても、まだ木の続きがある。

この森には火が通り過ぎていった。その跡ははっきり残っている。黒くえぐれた洞、焦げた幹、立ったままの枯れ木。けれどセコイアは火を知っている。熱は球果をひらき、地面をきれいにして種のための場所をつくる。傷跡さえ、命のめぐりの一部だ。


道は森をまっすぐに貫き、車がおもちゃのように見える。初めて来た人はすぐわかる、とレンジャーは言う。歩くような速さで走り、フロントガラスに顔を寄せて、上を見ているから。



車を停めて、歩いてトレイルへ。標識が道を示す。「BIG TREES TRAIL」。そこから先は小道が静かになり、光が緑に変わり、森が部屋のように僕らを包んだ。
見上げる




どの木も、同じしぐさを求めてくる。根元に立つ。見上げる。少しよろける。笑う。




倒れた木は、立っている木よりも圧倒的かもしれない。横たわるセコイアは、それ自体がひとつの地形だ。赤い木の尾根、壁のように広がる根、すき間から落ちる光。倒れたあとも、何百年もそこに残り続ける。



そして森がひらけ、草原に出る。金色の草、青い空、その縁を取り囲むように立つ巨人たち。何かが始まるのを待っているように。草が野生のままでいられるよう、木の遊歩道がその上を渡っている。




巨大な花崗岩の岩が、木々のあいだに転がっている。遠い昔に山が置いていったものだ。セコイアはそのすぐ際から伸びている。どちらがここに残るか、取り決めでも交わしたかのように。

白く、中が空洞になった枯れ木。火が内側のすべてを持っていったあとも、まだ立っている。古いものが美しいのと同じように美しい。どこまでも、それ自身として。



午後の日差しを受けて、暗い森を背に赤く燃える二本の幹。光に恵まれたなら、これが一生忘れない色になる。
大きな森の、小さなもの




手のひらほどの高さの若木。卵より小さな球果。そのすべてにまるで無関心な、枝の上のシマリス。巨人は、ここから始まる。


名前を持つ木もある。将軍の名、大統領の名、アメリカ赤十字を創った看護師の名。名前は新しい。木はそうではない。



一日の終わりに、博物館へ。ガラスの下の球果、巨人がどう生き、どう死ぬのかを伝える展示。外に目をやれば、窓枠の向こうで一本の木を囲み、カメラを掲げ、一瞬静かになる人々。ここでは誰もが、少しだけ巡礼者になる。

山を下りるとき、森はゆっくりと僕らを手放していった。まず巨人たち、次に松、それからオークと金色の丘、最後に平らであたたかな谷。その夜バイセイリアに戻って、見てきたものを説明しようとしても、うまくいかなかった。大きかった、と何度も言った。けれど、その言葉ではなかった。古い、のほうが近い。辛抱強い、のほうがもっと近い。
バイセイリアからセコイアへ・全2話
























































