




Surf City After Dark夜のサーフシティ
青い光に照らされたライダーたち、街灯の下のマッスルカー、ショーウィンドウのネオンのサーファー、そして暗い太平洋へまっすぐ伸びていく桟橋。日が沈んだあとの、ハンティントンビーチ。
昼間のハンティントンビーチは、自らを「サーフシティUSA」と名乗る。それは誇張ではない。どの車のルーフにもボード、どの戸口にも砂、そして西海岸でも有数の長さを誇る桟橋の下で、波が砕けている。
けれど僕らが来たのは夜だった。サーファーたちが家に帰り、メインストリートがランプの列に沿って海へと下っていく時間、この町は別の顔を見せる。もっとにぎやかで、もっと青く、少しだけ野性的な顔。こんな夜は計画できない。光のほうへ歩いて、そこに誰がいるかを見るだけだ。

最初に出会ったのは、人だかりだった。輪になって停められたバイク、まぶしいヘッドライト、夕方からずっと走り回って、まだ止まる気のないライダーたち。カメラを向けると、彼らはこの町の人がすることをした。サインを掲げ、身を寄せ、笑った。


僕らが誰で、どこから来たのか、誰も聞かなかった。誰かが手招きし、誰かがカウントダウンして、ほんの数秒、僕らもクルーの一員になった。世界中のどの通りでも通用する、いちばん古いやり方だ。顔を出して、笑えば、誰かが場所を空けてくれる。

ヘッドライト、点灯



そしてヘッドライトがいっせいに灯り、仲間たちはひとつの星座になった。クロームに映る青い光、半分影に沈んだ顔、背後でオレンジに光る店先。

角を曲がると、街灯の下に黒と赤のマッスルカー。ナンバープレートには、持ち主にしかわからないジョーク。南カリフォルニアでは、ほかの土地が古い教会を守るように、古い車を守っている。磨いて、訪ねて、愛して。

ショーウィンドウには、ボードを頭上に掲げたネオンのサーファー。夜になると、この町は光で自分自身を描く。描くのはいつも同じもの。海へ向かう誰かの姿だ。



店の中には、あたたかな黄色い光に照らされたボードの棚とウィールの列、ビーチタウンを支える小さなものが詰まったショーケース。今夜はもう閉まっているのに、どこかまだ開いているように見える。

そして桟橋。海の上へまっすぐに続くランプの列が、やがて闇のなかに消えていく。夜にここを歩くのは、地図の端から歩き出すような感覚だ。背後には町、両側には黒い太平洋、聞こえるのに見えない波の音。


先端近くのベンチに、ランプの下でひとり座っている人影があった。何を見るでもなく。釣りかもしれないし、考えごとのほうがありそうだ。僕らは、そっとしておいた。


背後の水面にランプが映るのを感じながら、メインストリートのほうへ戻った。遠くにはまだあの人だかり、バイクの低い音、砂浜を渡ってくる笑い声。
僕らが旅で探しているのは、こういう時間だ。絵はがきの景色ではなく、そのあとの一時間。地元の人たちが町を取り戻し、見知らぬ旅人をほんの少しだけ仲間に入れてくれる時間。昼のサーフシティは波のもの。夜は、そこに顔を出した誰かのものだ。






















































































